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山口地方裁判所下関支部 昭和38年(む)67号 判決 1963年5月20日

被疑者 山木百合夫

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する暴行被疑事件につき山口地方裁判所下関支部裁判官天野正義が昭和三八年五月一一日なした勾留請求却下の裁判に対して、同日山口地方検察庁下関支部検察官遠藤安夫から右裁判の取消を求める旨の適法な準抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告はこれを棄却する。

理由

一、本件準抗告の趣旨及び理由は記録に編綴してある準抗告申立書記載のとおりであるからここにこれを引用する。

二、本件記録によれば被疑者が本件勾留請求書記載の犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることはこれを認めることができる。そこで刑事訴訟法六〇条一項各号所定の夫々の理由の有無に検討を加えることとして先づ検察官主張の二号、三号の理由の有無から順次これを考える。

三、本件被疑事実の要旨は、被疑者が本年四月二八日午後六時頃下関市小月町の常見屋公園裏の山道において、偶然出会つた顔見知りの少年佐々木望(当一五年)、同多田羅修(当一五年)の両名が喫煙しようとしているのを見て、同人等と同行していた前迫康夫(当一九年)がこれを唆かしたのに違いないとして、このことに関して因縁をつけ、同人に対し足蹴り等の暴行を加えたというものであるところ、本件記録によれば、司法警察職員に対する被疑者の自白調書、被害者の被害届並に供述調書、これを目撃した者の供述調書等が作成せられ、これ等の証拠が蒐集せられている事実は認められるが、右の各供述調書は検察官も主張するとおり現行刑事訴訟法上証拠能力において種々の制限が課されており、直ちにこれ等調書をその儘公判廷に証拠書類として取調の請求ができないものである以上、この段階においては供述者に働きかけ、これより後の供述を変更させることにより、従前の証拠価値を容易に左右することができると考えられるところ、さらに本件記録を精査するに、被害者前迫の司法警察職員に対する供述調書によれば、被疑者は被害者に対して前記の犯行の際、同人が被害事実を警察に申告するようなことをすれば被疑者の仲間から早晩報復が加わえられるべき旨申し向けて威嚇すると同時に犯行後はにわかに態度を変えて、同人の気嫌をとるようにして警察への申告を思いとどまるよう要請した事実が認められる上、目撃者多田羅ならびに被疑者の司法警察職員に対する各供述調書を綜合すれば、前迫が同行していた二人の少年(多田羅、佐々木)は、被疑者とは交際こそないとしても、比較的近くに居住し、互に面識のある間柄であること並びに被疑者が平素これらの者から不良と目されて忌避されていた事実が窺われるのであつて、これらの各事実によれば、当時被疑者が事の発覚するのを未然に防止しようとする意図を蔵していたことは認めるに難くなく、ひいてはその発覚後も前迫や、目撃者である二名の少年に対して前記のような面識関係等を利用し、不当な威圧を加えて、その証言を枉げさせるおそれもあり、その場合前記の如き司法警察職員の録取した供述調書の証拠能力の不十分さと相まつて、この程度に蒐集された証拠資料をもつてしてはその証拠力を瞹昧、無価値ならしめるおそれがないとはいえず、この点よりして被疑者が罪証を湮滅すると疑うに足りる相当な理由があつたものといわなければならない。

また一方昭和三八年五月一日付捜査状況報告書によれば、被疑者は現在勤務中の鉄工所を本年四月初め頃から休んでいる様子であり、更に本件犯行に関連して前迫より取り上げた腕時計を入質して調達した金員をもつて大阪方面に行く予定でいる旨を友人に洩らした趣きが窺われるところ等から判断すれば、被疑者は亦逃亡すると疑うに足りる相当な理由があつたものといわなければならない。

このように検討してくると、被疑者が現に一八歳の少年であるところから少年法所定の少年に対する勾留の基準を加味して考慮しても尚検察官の本件申立は一応理由あるに帰してこれを認容すべきものに見えるところ、その後当裁判所が本件準抗告に対する決定をなすにあたり必要と認めて、昭和三八年五月一五日、被疑者を呼出し、これについて事実の取調を行つた結果、被疑者は右の取調に応じて指定された日時に出頭したばかりでなく、その供述するところによれば、同人は本件勾留請求の却下された日の翌日より真面目に勤務につき、本件犯行後、被害者前迫又は他の二名の少年と交通した様子も認められない上、四月初め頃から仕事を休んだことにも相応の事情があり、今後も長く現在の勤務に励む意思のあること、並びに家庭の受け容れに対する熱意も認められ、被疑者ももはや大阪方面に出奔する意思のないこと又取調のための呼出にはいつでも応ずる意思のあること等の事実が認められるに至つたので、これらの諸事情を綜合勧案すれば、本件記録より窺知される前示の夫々の疑いは杞憂にすぎなかつたことが判明し、被疑者には、もはや罪証を湮滅すると疑うに足りる相当な理由若しくは逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由は存在しないものと判断するのが相当である。

四、なお本件記録中の被疑者の各供述調書によれば、被疑者は本年二月広島県加茂郡八本松の少年院を退院したものであるが、その後肩書所在の自宅に、実母、兄弟等と共に居住していることが認められるのであつて、この点でも勾留の理由はないものといわなければならない。

五、以上に判断のとおり被疑者の勾留請求を却下した原裁判は結局相当であり、検察官の本件準抗告の申立は理由がないからこれを棄却すべく、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 阿座上遜 山中孝茂 上本公康)

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